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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)628号 判決

控訴人

三堀イキ

控訴人

三堀輝子

右両名訴訟代理人

井出雄介

被控訴人

菊田英作こと

朴南夏

右訴訟代理人

瀧島克久

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二訴外任貞彬(以下「任」という。)が、昭和三〇年一二月訴外亡三堀弘良から本件土地を普通建物所有の目的で賃借し、右土地上に本件建物を建築所有していたところ、右賃貸人の地位が、その後訴外亡三堀良勇、次いで控訴人らに相続により承継されたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被控訴人は、昭和五四年二月三日、任から、本件建物及び本件土地賃借権(以下「本件建物等」という。)を代金一四七〇万円で、右賃借権譲渡許可の裁判のあることを条件に譲り受けたことが認められる(被控訴人が任から本件建物等を代金一四七〇万円で譲り受けたことは、当事者間に争いがない。)。

三そこで、右借地権譲渡の効力が生じたか否かについて判断する。

1  任が、亡三堀良勇の相続人である控訴人ら及び訴外三堀明良、同高橋秀子を相手方として、横浜地方裁判所川崎支部に本件借地権譲渡許可の申立てをしたところ(同支部昭和五四年(借チ)第三号事件)、昭和五五年七月一八日同支部が、「任が控訴人らに対し二〇〇万円を支払うことを条件として、任が本件借地権を被控訴人に譲渡することを許可する。右借地権の譲渡がなされた後の地代を三・三平方メートルにつき一月一八〇円と定める。」旨の決定をしたことと、これに対して控訴人らが即時抗告をし、東京高等裁判所が抗告棄却の決定をしたことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右抗告棄却決定は、昭和五六年一月二七日にされ、控訴人ら抗告人四名に対し同月二八日送達されたことが認められる。

2  <証拠>によると、次の事実が認められる。

右東京高等裁判所の抗告棄却決定に対しては、控訴人らから更に抗告の申立てがされたが、昭和五六年三月二六日最高裁判所において抗告棄却の決定がされ(この事実は当事者間に争いがない。)、そのころ、被控訴人は、右事件の代理人である瀧島克久弁護士からこの事実を知らされたので、任に連絡したところ、同人は、四月に入つたらすぐ地主に届けに行くと答えた。そして、任は、同年四月中に、前記譲渡許可の裁判によつて定められた財産上の給付である二〇〇万円の支払をするため、川崎市川崎区港町三番六号の控訴人三堀イキ方を訪ねたが、同控訴人が不在で娘の控訴人三堀輝子にしか会えないこともあつたものの、控訴人三堀イキに面会した際には、持参した現金二〇〇万円を提供して受領を促したところ、同控訴人は、もらえないと言つて、その受領を拒んだ。被控訴人は、同年四月二二日、本件建物等の譲渡代金の内金一〇〇万円及び前記裁判で定められた財産上の給付の折半分一〇〇万円の合計二〇〇万円を任に支払つた際、同人から、既に二回位二〇〇万円の支払のため控訴人ら方に行つたが受領を拒まれたと告げられたため、同人に対し、何回も地主のところへ行つてお願いしてくれと依頼した。その後、任は、何回か前記の控訴人ら方を訪ねたが、会えないことが多く、会つても二〇〇万円の受領を拒まれるということが重なつた。被控訴人が昭和五六年一二月二八日任に本体建物等の譲渡代金の内金三〇〇万円を支払つた際も、同人は、地主のところへ五、六回行つたが全く取り合つてくれないので困つていると話した。

このように、任は、前記裁判において定められた二〇〇万円の金員を控訴人らに受領してもらえないままになつていたため、瀧島弁護士に相談したうえ、これを供託することとし、昭和五七年五月二八日横浜地方法務局川崎支局に右二〇〇万円を弁済供託した(右供託の事実は当事者間に争いがない。)。被控訴人は、同年六月一日、任に対し本件建物等の譲渡代金の残金一〇七〇万円を支払い、これを完済し、同年六月四日、本件建物につき登記原因を同年六月一日売買として所有権移転登記を経由した(右登記の事実は当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認められる。

控訴人らは、昭(ママ)訴人三堀イキは昭和五〇年から今日に至るまで港町の住所地に居住したことはないから、同控訴人が右住所地で任と面会し二〇〇万円の受領を拒絶するはずがないと主張するが、<証拠>も右主張を認めるに十分でなく、<証拠>のうち右主張に符号し右認定に反する部分は、<証拠>に照らし、措信することができない。ほかに右認定に反する証拠はない。

3  任と被控訴人との間の本件建物等の譲渡契約は、借地権譲渡許可の裁判のあることを条件とするものであり、前記借地権譲渡許可の裁判は、任が控訴人らに対し二〇〇万円を支払うことを条件として本件借地権譲渡を許可するというものであるから、右譲渡契約は、任が控訴人らに二〇〇万円を支払つたときに効力を生ずることになる。したがつて、右譲渡契約の履行として本件建物につき任から被控訴人に対し引渡し又は所有権移転登記手続をするためには、任から控訴人らに対し右二〇〇万円が支払われていることが必要である。

ところで、借地法一四条ノ一二は、裁判所が借地権の譲渡につき賃貸人の承諾に代る許可を与える裁判は、その効力を生じた後六か月以内に借地権者が建物の譲渡をしないときはその効力を失うと規定している。本件において、前記借地権譲渡許可の裁判は、東京高等裁判所のした抗告棄却決定が抗告人ら(控訴人ら)に送達された昭和五六年一月二八日に確定し、その効力を生じたものであり、また、任から被控訴人に対して本件建物が譲渡されたのは、昭和五七年六月四日被控訴人のため所有権移転登記が経由されたときであると解すべきである(<証拠>によれば、任が本件建物から立ち退いてこれを被控訴人に引き渡したのは、同年六月一日に被控訴人から残代金一〇七〇万円の支払を受けた後間もなくのころであつたことが認められるが、右登記の日より前であつたとは認められない。)。そうすると、本件建物の譲渡は、借地権譲渡許可の裁判が効力を生じたときから六か月以内にされなかつたことが明らかである。

しかしながら、借地法の右規定の趣旨は、借地権譲渡許可の裁判が確定したにもかかわらず、その履行がないまま長期間を経過した場合には、法律関係が不確定な状態が長く続くこととなつて相当でなく、特に右許可を財産上の給付に係らしめた場合には、当該許可の効力の発生は、給付の主体である借地権者の任意の意思に係らしめられることになり、長期間その給付がされないときは、借地権が譲渡されるか否かが不確定な状態が続き、これにより賃貸人の側が不利益を被るおそれがあるため、このような場合があることを慮つて、六か月という期間を限り、この期間内に財産上の給付と併せて建物の譲渡が履行されないときは、右裁判の効力を失わせることによつて、早期に法律関係を確定させることとしたものと解すべきである。このような趣旨に照らすと、借地権譲渡許可の裁判において財産上の給付を命ぜられた借地人が、右裁判が効力を生じた後六か月内に建物を譲渡する意図の下に、右裁判において定められた金員の弁済の提供をしたが、賃貸人がその受領を拒んだため、当初の意図と異なり六か月の期間内に建物の譲渡をすることができなくなつた場合には、借地人において借地権を譲渡する意思は明確であるのに、専ら賃貸人の側の事情により法定の期間を遵守し得なかつたものというべきであるから、賃借権の譲渡が不確定なことから生ずる法律関係の不安定につき、賃貸人は保護されるべき利益を有しないものといわれなければならない。したがつて、このような場合には、借地法の右規定の適用の基礎を欠くものというべきであり、法定の期間内に建物の譲渡が履行されなかつたことから直ちに借地権譲渡許可の裁判が失効したものとすることは相当でない。

もつとも、このような場合、借地人としては、右金員の受領を拒絶されたときに直ちに弁済供託をして、許可の効力を生じさせ、そのうえで建物の譲渡(引渡し又は所有権移転登記)をすることができるはずであり、これを六か月内にすることは通常可能であると考えられるから、金員の受領を拒絶された後長期間借地人が無為に過ごしているような場合には、一概に同条の適用を否定することはできないというべきである。しかし、借地人の側において誠意をもつて弁済の提供を続け受領を促した場合には、賃貸人において翻意し当該金員を受領することもあり得ることであるから、借地人が真摯な意図で弁済の提供を続けている限り、弁済供託をしないで六か月の期間を経過したとしても、そのことの故に借地法の右規定の適用ありとすることは、衡平の観念に照らし相当でないというべきである。

前記認定の事実によれば、任は、昭和五六年一月二八日に借地権譲渡許可の裁判が確定してから間もない同年四月ころ、控訴人三堀イキに二〇〇万円の弁済の提供をしたが、その受領を拒絶され、その後何回か支払の意思をもつて同控訴人方を訪ねたものの、同控訴人が不在で会えず、又は面会して弁済の提供をしても受領を拒絶されるということが重なつたため、弁済の目的を達せず、やむなく昭和五七年五月二八日右金員を弁済のため供託し、程なく被控訴人から本体建物等の売買代金残金の支払を受けたため、同年六月四日被控訴人のため本件建物の所有権移転登記を経由したというのであつて、前記譲渡許可の裁判が効力を生じてから本件建物が譲渡されるまで一年四か月余を経過してはいるが、既にみたように、本件建物等の譲渡契約及び借地権譲渡許可の裁判の内容に照らすと、控訴人が二〇〇万円を受領しない限り右登記手続が履行し得ないという関係にあるから、右のように本件建物の譲渡が遅延したことについては、専ら控訴人らの側において譲渡許可の裁判で定められた金員の受領を拒絶したことに原因があるとみるべきであり、しかも、右金員の弁済の提供は右裁判の効力が生じた後六か月以内にされており、なお、弁済提供がされるまでの経緯においても借地人たる任の側において特段落ち度があるとみるべき事実関係は存せず、また、弁済供託がされた後は六か月以内に建物の譲渡が履行されていることをも併せ考慮すると、右の事実関係の下において借地法一四条ノ一二の規定の適用を肯認して借地権譲渡許可の裁判が失効したとするのは相当でなく、同裁判の効力が存する間に、財産上の給付としての二〇〇万円の金員につき弁済供託により控訴人に対する弁済の効力を生じ、これにより被控訴人に対する借地権譲渡許可の効力も生じたものと解するのが相当である。

4  右に述べたところによれば、任と被控訴人との間の本件建物等の譲渡契約は、条件が成就してその効力を生じたものというべきであるから、被控訴人は有効に本件土地の賃借権の譲渡を受けたものということができる。したがつて、被控訴人は本件土地につき占有権原を有するものである。

四以上のとおりであつて、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、これを棄却した原判決は相当である。

よつて、本件控訴は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 新村正人 赤塚信雄)

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